乳牛の性判別胚の供給について

1.はじめに  
 酪農研究部では、長年にわたり受精卵(以下、胚という)の性判別による雌雄産み分け技術の実用化研究を行ってきました。ここ数年は、性判別した後の胚の受胎性向上を目的とした保存技術研究を重点課題として取り組み、現在、ほぼ実用化に適う保存技術を確立しました。
 また同時に岐阜県の乳牛改良の基礎とすべく、推定育種価の高い牛群の整備に努めてきました。
 これらの成果と平成20年度から実施する乳牛性判別胚の供給事業について紹介します。
2.胚の性判別方法
 胚の性判別は、過剰排卵処理による人工授精後6.5日から7日目に回収した胚(ステージ:後期桑実胚から拡張胚盤期胚、ランク:1及び2)をマイクロブレードで切断分離、胚細胞の一部を性判別用サンプルとしてPCR法あるいはLAMP法によりDNA増幅を行い、雄特異的DNAが有るか無いかにより行ってきました。なお、平成17年度以降は雌雄判別率が高く、判定までの時間が短いLAMP法により実施しています。
 LAMP法による判別成績は、平成17〜18年度に計485の胚を判別し、うち雌雄が判別できないものが14ありましたが、全体の97.1%の胚が判別できました。
 LAMP法で雌と判定した胚の移植により、平成17年度及び平成18年度に誕生した96頭の子牛のうち95頭が雌、1頭が雄でした(性の一致率99.0%)。

                    
3.性判別胚の凍結保存方法と受胎率
 性判別のために切断分離の操作を加えた胚は、凍結保存後の受胎性の低下が認められており、性判別胚に適した凍結保存法を開発することが、雌雄産み分け技術の実用化の要です。
 そこで通常の胚の凍結保存に用いられている緩慢凍結法からより性判別胚の保存に適していると考えられるガラス化保存法、更に超急速ガラス化保存法に研究をシフトするとともに、現場で利用しやすいように移植の簡易化にも取り組んできました。
 現在実施している保存法は、保存容器はクライオトップ(Cryotop)で、性判別用サンプルを採取後の胚を、平衡液7.5%EG+7.5%DMSO in 20%CS加TCM199にて3分間平衡の後、ガラス化液15%EG+15%DMSO+0.5Msucin20%CSTCM199に移し替え、極少量のガラス化液とともにクライオトップのシート部にのせ、直ちに液体窒素に投入(この間1分間)する方法です。
 平成17年度及び平成18年度に実施したクライオトップを使用して保存した性判別胚の移植試験の受胎率は、52.8%で、実用に耐える成績と考えています。
(参考:乳牛における雌雄産み分け技術の確立とその活用について
4.乳牛改良の取り組み
 酪農研究部では雌雄産み分け研究と平行して、輸入受精卵の導入等による部内の乳牛改良を推進してきました。
 酪農研究部の経産牛1頭当たりの乳量は、採卵による分娩間隔が延長しているが、平成15年度以降は、10,000sを超えています。また牛群の推定育種価も乳量や乳脂量、乳蛋白質量、産乳成分、総合指数(NTP)など主要な項目で岐阜県の平均を大きく上回っており、高い能力を有した牛群が造成できたと考えています。
 現在、当部の飼養牛の多くが高い推定育種価をもち、この牛群を供胚牛とした雌胚が県内酪農家に導入されることにより、県下の乳牛改良に貢献できると考えています。
(参考:全国的にも評価の高い高能力な乳牛を作出
5.乳用牛性判別胚供給事業の概要について
 岐阜県畜産研究所は、酪農研究部の長年の研究と牛群改良により、1)性判別胚の保存方法が確立されたこと、2)酪農研究部に改良能力が高い牛群が整備されたこと、3)平成17年11月に公示された岐阜県家畜改良増殖計画に雌雄判別技術実用化に関する成果を活用することが明文化されていること、4)そして何より酪農家の雌雄産み分け技術に対する期待が大きいことから、平成20年度から乳用牛性判別胚供給事業を開始します。
 乳用牛性判別胚供給事業は2つの柱で成り立っています。
 そのひとつは、当部の高能力牛群を用いた乳用牛雌胚の供給です。
 酪農研究部の飼養牛のうち検定成績を参考に産乳成分の推定育種価の上位のもの等を供胚牛として、その雌胚を供給します。
 事業規模としては年間70胚、1胚35,700円を予定しています。
 胚の受渡方法としては、クライオトップによる保存胚として受け渡す方法の他、保存胚を移植日の前日夕方に融解(加温)して、宅配便で輸送する方法も考えています。
 また、受卵牛が用意出来れば、新鮮雌胚での利用も可能です。


                    
 事業のもうひとつの柱は、性判別技術の提供です。
 酪農家が飼養する乳用牛で後継牛として残したい乳用牛の胚を持ち込んでもらい、性判別を行います。さらに希望により性判別胚の凍結・保存まで実施します。
 酪農家が飼養する高能力牛を活用した改良増殖に寄与できると考えています。
 性判別手数料として1胚8,400円を予定しています。
6.おわりに
 牛乳消費の停滞、生乳計画生産、飼料価格の高騰等酪農業界を取り巻く情勢は厳しいものがあります。今、酪農家はあらゆる対応策により生産コストの低減、所得の確保を迫られています。性判別技術はその対応策の一つとして、利用価値が高いものと考えています。
 平成18年農林水産省統計では乳量7〜8千Kg牛群の1頭当たりの所得は13万6千円、1万Kg牛群では23万2千円とされています。1千万円の所得を得るために必要な頭数は7〜8千Kg牛群では73頭ですが、1万Kg牛群では43頭でよいことになります。性判別技術により能力の高い後継牛を効率よく増やすことで所得性の高い牛群への改良が加速されます。同時に後継牛確保に必要な腹が減少するため、余剰の腹を付加価値の高い肉用牛等の増産に仕向けることで所得の確保も期待できます。
 性判別胚及び性判別技術の積極的な活用(乳用牛性判別胚供給事業の活用)が、今後の酪農経営の持続的発展に寄与できるものと考えています。