乳牛における雌雄産み分け技術の確立とその活用について

1.はじめに
 乳牛や肉牛の遺伝的改良量が鶏や豚のそれと比較して小さいのは、単胎であるため、選抜が相対的に弱くなり、しかも、世代間隔が長いことにあります。もし、優秀な雌牛から短期間に多くの子牛が生産できれば、改良のスピードは大幅に上がります。近年の受精卵移植関連技術の開発によりこのことが現実のものとなってきています。
 一方乳牛においては、基本的に雌牛だけが必要であり、雌雄産み分け技術が確立されれば、受精卵移植技術との組み合わせにより、優秀な後継牛の確保をさらに効率的に行うことができます。加えて後継牛の生産を必要としない乳牛には黒毛和種精液の人工授精や黒毛和種受精卵を移植することによって農家の収益性の向上や肉用牛資源の増殖が期待できます。
 酪農研究部では、受精卵段階での雌雄判別による産み分け技術の実用化に向けた研究を行っており、今までの経緯と成果及び、農家段階での活用例について紹介します。
2.雌雄判別の方法
 当研究部で行っている雌雄産み分けは、受精卵段階でその性を判別し、生ませたい性の受精卵(乳牛においては通常雌)を移植、受胎させることにより行っています。
 方法は、当研究部及び県内酪農家で飼養されているホルスタイン種から、過剰排卵処理による人工授精後6.5日から7日目に回収した受精卵(ステージ:後期桑実胚から拡張胚盤期胚、ランク:A及びB)をマイクロブレードで切断分離、受精卵細胞の一部を性判別用サンプルとしました。サンプル採取後の受精卵は38.5℃、5%CO2、95%空気、湿度飽和気相条件下で0分から24時間程度修復培養後、そのまま移植、あるいは凍結保存処理を行いました。
 性の判別は採取したサンプルを用いてPCR法あるいはLAMP法によりDNA増幅を行い、雄特異的DNAが有るか無いかにより行いました。
3.雌雄判別成績
 性の判別をおこなっても少なからず判定不能が生じます。その原因として、サンプリングエラー、サンプル量の不足、不適切なサンプル(DNA崩壊細胞等)の利用等が考えられます。サンプル量の不足についてはより鋭敏な判別方法によりある程度は解決されると考えられます。PCR法(伊藤ハム株式会社製性判別キット)とLAMP法(栄研化学株式会社製性判別キット)の判別成績ではLAMP法の判別率が高かったです(表1)。

4.性の一致率
 判定された受精卵の性と産子(一部流死産を含む)の性との一致率を表2に示しました。雌と判定した受精卵により2頭の雄産子が誕生しましたが、その原因は特定出来ませんでした。
5.雌雄判別した受精卵の凍結保存方法と受胎率
 雌雄判別のために切断分離の操作を加えた受精卵は、凍結保存後の受胎性の低下が認められており、雌雄判別受精卵に適した凍結保存法を開発することが、雌雄産み分け技術の実用化の要です。
 通常の受精卵の凍結保存に用いられている緩慢凍結法からより性判別受精卵の保存に適していると考えられるガラス化保存法、さらに超急速ガラス化保存法に研究をシフトしてきました。
 超急速ガラス化保存法の1種であるOPS法により保存した雌雄判別受精卵の16年度の受胎率は53.7%でした。また17年度は現在まで73.9%の受胎率を得ています。
 これらの結果からOPS法は雌雄判別受精卵の保存法として優れていると判断しました。
6.直接移植法への試み
 高い受胎率が得られている超急速ガラス化保存法で用いられるガラス化液は細胞毒性が強く、2〜3段階の希釈液により融解しており、通常の受精卵で広く行われるようになった直接移植が困難です。超急速ガラス法保存法の直接移植への足がかりとするため、一段階希釈による融解を試みました。その受胎率は77.8%(7頭/9頭)であり、2〜3段階希釈に劣るものではなく、今後の直接移植化へ一歩前進しました(表3)。






                 
                               
7.乳牛改良への活用
 酪農研究部では雌雄産み分け研究と平行して、輸入受精卵の導入による部内の乳牛改良を推進してきました。輸入受精卵により生産された雌牛の多くは期待された遺伝的能力を発揮(表4)しており、これらから採取した受精卵は雌雄判別され部内の改良に寄与するとともに雌雄産み分け技術確立の為の野外試験を通じ酪農家に利用されています。
 当研究部の牛群の約75%は輸入受精卵生産牛の系統となっています。そのなかの1頭であるマウントヒル ライスクレスト トロル号は乳用雌牛評価成績で全国の能力検定牛55万頭のうち55位(都府県21万頭のうちでは5位)にランクされました。
8.雌雄産み分け技術の活用
 1)育成牧場の利用
 乳牛育成牧場飼養牛に当研究部の高能力牛雌受精卵を移植することにより、県内乳牛改良の推進を図っています。当育成牧場では、黒毛和種の人工授精あるいは受精卵移植が主体であり、乳牛の人工授精は必ずしも多くはありません。
 現在は改良に意欲的で牛群検定をおこなっている農家から上牧した育成牛を主体に移植を実施しています。15年度から本格的に行っており、受胎率は良好です。さらに連携を深めながら推進を図ります(表5)。
 2)モデル農家の育成
 当研究部の高能力牛雌受精卵を活用して高能力乳用牛群飼養モデル農家を育成することを目的に実施しています(表6)。牛群検定参加農家であること、雌雄判別受精卵の移植試験に協力してくれることを条件としています。現在は段階的希釈が必要なOPS法が主体の為、当部近隣の農家5戸を対象としているが、直接移植の技術が確立できれば実施範囲を県内各地に広めることが可能となります。
 3)岐阜県M市での取り組み
 M市では自家飼養牛から採卵した受精卵を雌雄判別し、移植する取り組みを地域ぐるみ(参加農家6戸)で16年春から行っています。この取り組みは市担当獣医師が夏場の人工授精の受胎率の低下をフォローする目的で受精卵移植を利用することを考え、当研究部に相談があったことから始まりました。雌雄判別した受精卵の受胎率が良好であった(表7)ことから採卵する乳牛の選定等改良にも応用しようといっ
た考えが農家にも浸透しつつあり、非牛群検定農家が多い地域であるが、検定を受けようとする農家も出てきています。